4歳秋から5歳春にかけて、天皇賞秋・ドバイDF・安田記念とG1レース3連勝を飾った。
海外の中距離レースでの活躍を見たかったと思うほど、中距離で無類の強さを発揮した。
世界一の末脚と評価されたジャスタウェイの競走馬生活を振り返りたいと思う。
戦績・賞金
プロフィール
生年月日 | 2009/3/8 |
調教師 | 須貝尚介 (栗東) |
馬主 | 大和屋暁 |
生産者 | 社台コーポレーション白老ファーム |
獲得賞金 (中央) | 5億9596万円 |
通算戦績 | 22戦6勝 [6-6-1-9] |
通算戦績
日付 | レース名 | 単勝 | 人気 | 着順 | 騎手 |
14/12/28 | 有馬記念(G1) | 4.6 | 3 | 4 | 福永 |
14/11/30 | ジャパンC(G1) | 6.7 | 3 | 2 | 福永 |
14/10/05 | 凱旋門賞(G1) | - | - | 8 | 福永 |
14/06/08 | 安田記念(G1) | 1.7 | 1 | 1 | 柴田 |
14/03/29 | ドバイDF(G1) | - | - | 1 | 福永 |
14/03/02 | 中山記念(G2) | 5.3 | 2 | 1 | 横山典 |
13/10/27 | 天皇賞秋(G1) | 15.5 | 5 | 1 | 福永 |
13/10/06 | 毎日王冠(G2) | 9.3 | 6 | 2 | 柴田 |
13/08/11 | 関屋記念(G3) | 2.8 | 1 | 2 | 福永 |
13/06/09 | エプソムC(G3) | 6.2 | 3 | 2 | 福永 |
13/03/09 | 中日新聞杯(G3) | 5.9 | 2 | 8 | バルジュ |
13/02/10 | 京都記念(G2) | 3.5 | 1 | 5 | 内田博 |
13/01/05 | 中山金杯(G3) | 3.4 | 1 | 3 | 内田博 |
12/10/28 | 天皇賞秋(G1) | 28.3 | 8 | 6 | 内田博 |
12/10/07 | 毎日王冠(G2) | 61.6 | 12 | 2 | 柴田 |
12/05/27 | 東京優駿(G1) | 112.9 | 15 | 11 | 秋山 |
12/05/06 | NHKマイルC(G1) | 10.0 | 4 | 6 | 福永 |
12/02/25 | アーリントンC(G3) | 4.1 | 2 | 1 | 福永 |
12/02/05 | きさらぎ賞(G3) | 6.9 | 3 | 4 | 秋山 |
11/11/19 | 東京スポーツ杯2歳S(G3) | 7.4 | 3 | 4 | 後藤 |
11/09/04 | 新潟2歳S(G3) | 1.7 | 1 | 2 | 福永 |
11/07/23 | 2歳新馬 | 6.4 | 4 | 1 | 福永 |
経歴
アーリントンCで見せた大器の片鱗
新馬戦での5馬身差圧勝により、新潟2歳Sでは断トツ1.7倍の1人気に支持された。
中団追走から直線32.6秒の脚を繰り出すも、3/4馬身及ばず2着に敗れた。
その後2戦は惜敗が続き、迎えたアーリントンC。
大外枠のスタートから最後方を進み、残り200mでもまだ後方5番手の位置。
絶望的な位置から次元の違う末脚を発揮し、全頭ゴボウ抜きして1着でゴールを駆け抜ける。
開幕週の阪神競馬場で前半の800mの通過タイムが48.7秒のスローペース。
明らかに先行勢有利な展開だったが、最後方からのレースで勝利を飾ったジャスタウェイ。
あまり注目されていなかったが、大器の片鱗が垣間見えたレースと言っても過言ではない。
覚醒した4歳秋にG1タイトル獲得
アーリントンC勝利後は毎日王冠で2着はあったg、3歳シーズンは勝ち星に恵まれなかった。
この流れは4歳春も続き、夏から左回りに活路を求めるも、重賞で3戦連続2着という結果。
天皇賞秋は除外対象であったが、賞金上位馬の回避により、何とか出走に漕ぎ着ける。
前半1000mが58.4秒という早いペースで進む中、中段追走で最後の直線を迎えた。
先行勢が脚色が鈍るところを外から交わし、2着のジェンティルドンナに4馬身差をつけて勝利。
これまでのレース振りからは想像もできなかった圧勝劇に観客は度肝を抜かれたことだろう。
父ハーツクライも4歳秋にディープインパクトを負かしてG1を制覇している。
その成長力がジャスタウェイにも受け継がれていることを証明した一戦だったと言える。
ドバイの地で見せた異次元の圧勝劇
天皇賞秋制覇後の4歳シーズンは休養にあて、明けて5歳は中山記念で始動する。
右回りで直線の短い中山競馬場ということもあり、5.3倍の2人気に甘んじた。
しかし、代打で手綱をとった横山典騎手の好判断による先行策で快勝した。
初の海外遠征となったドバイDFでは、直線で後続を突き放して6.1/4馬身差で圧勝した。
また、走破タイムはレコードを2秒以上も更新する1:45.52をマーク。
国際レーティングで130ポンドの評価を受け、日本競馬史上初となる単独1位にランキングされた。
父ハーツクライも2006年にドバイシーマクラシックを勝っている。
ドバイ競走の父仔制覇という快挙を成し遂げた。
帰国後は安田記念に出走し、G1レース3連勝を達成する。
その後は勝利には至らず、2014年の有馬記念を最後に現役を引退することとなった。